《日本の抜歯》

 16世紀後半、信長、秀吉の時代、日本に滞在したイエズス会宣教師ルイス・フロイスは、日本の風習を観察し記録に残している。
 彼の書いた『日本覚書おぼえがき』には、「我らは、抜歯鋏はさみ鉗子かんし歯鍵しけんなどを用いて歯を抜く。日本人は、のみ小槌こづち、弓と矢、または鉄の釘抜くぎぬきを用いる」とある。
 古い文献をみると、次のような抜歯の方法がある。
1)釘抜き型の鉗子でつかんで抜く(室町時代より用いられていた)。
2)弓と矢で抜く。
3)木の棒を歯に当てて、木槌で叩いて動揺させて抜く
4)鉄線や三味線の糸などを輪にして、歯に巻いて引っ張って抜く。糸の端は、穴開き銭や竹の棒に結わいて 手のひらに隠す
5)尖端を扁平にした鉄の棒を歯のつけ根に当て、押ししごいて抜く

『難病療法』(国芳)
口中医が、鉗子かんしで女性の歯を抜いている


《古代人の歯を抜く風習》

 発掘された縄文時代や弥生時代の人骨には、上の犬歯や下の前歯が抜歯された痕跡こんせきがある。その状態から、思春期前後の14〜18歳頃に抜歯されたものである。また、上の前歯には、人為的に歯を削り、のこぎり状に尖った歯(叉状研歯しゃじょうけんしという)がみられる。日本の「健康な歯を抜く風習」は、成人になる儀式としておこなわれていた。
 歯を抜いたり、歯を削り歯を飾る風習は、日本だけでなく中国、台湾、アジア、オーストラリア、アフリカにもみられた。古い中国やアジアでは、「健康な歯を抜く風習」は、親や上司の死でに服する、成人儀礼、結婚などにみられた。



犬歯や下の前歯が抜歯してある人骨

叉状研歯
    (歯の博物館資料より)


《日本の抜歯道具 その1》

 シーボルト(1804〜1885)は、江戸時代後期に長崎出島のオランダ商館付医官となり、日本人の治療をし、医学を教えた。シーボルトは、日本滞在中に動植物の採集、測量、観察などをおこなった。日本研究は、 『日本』 『日本動物誌』 『日本植物誌』にまとめられ出版された。
 シーボルトは、帰国後、天保3年(1832年)から約20年にわたって日本で収集した品物をまとめ、『日本』という本を発行した。そのコレクションの中に、木床義歯とともに歯を抜く道具として、日本の「木槌と木の棒」が描かれている。


◆シーボルトの日本の抜歯道具 復元◆
 16世紀末に来日したシーボルトの『日本』で、紹介しているものを白樫の木で復元した。
 槽柄そうえの形は矢のようになっており、先端はななめにカットしてあり、歯の根元にあてやすいようになっている。
 木槌は、丸くなっており、助手が槽柄をたたいて歯を動揺させて歯を抜いた。




◇復元した抜歯道具(浮原忍氏製作:当博物館蔵)

抜歯道具『日本』
 (シーボルト)より




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