公衆衛生委員会便り





 歯科に関係する外傷と応急処置                 VOL.1211b   

職場環境などに起因する外傷のお話しをしてみましょう。

外傷に対する応急処置の原則(RICE)
傷に対する応急処置は原則的にRICE(Rest、Ice、Compression、Elevation)です。

 1)Rest(安静と休息)
患部は安静にして動かさないことが原則です。無理に動かすとさらに悪化し、治癒がおくれる場合もあります。

 2)Ice(氷冷)
受傷直後に患部を冷却すると、血管が収縮し出血が抑えられると同時に疼痛も軽減します。また、腫脹も少なくなり、損傷した組織の回復にも役立ちます。

 3)Compression(圧迫)
物理的に圧迫することで出血と腫脹の発現が抑制されます。手などの圧迫以外に、弾性のある包帯を使って圧迫するのも有効です。氷冷同様に損傷した組織の回復に役立ちます。

 4)Elevation(挙上)
受傷部位を心臓より高く挙げ、重力の働きで静脈血の流れをよくします。そうすることで、受賞した組織のうっ血を防ぎます。腫脹の減少や治癒の促進に役立ちます。


 口のまわりの外傷
作業現場で転倒したり、機械と衝突したりして起こることが多いのが顔面の外傷です。擦過傷(すり傷)から骨折まで程度は様々です。ただし、共通していえることは、顔面は露出部で「個人の看板」であることから、傷あとが残らないような処置が大切だということです。また、顔面は血管が多く血行が豊富なため、受傷すると出血量が多く腫脹も強く出るために、他の部位と比較して重症にみえやすいので、落ち着いて対処する必要があります。

 1)口唇の傷
唇は外力で直接に損傷を受ける場合と、自分の歯で損傷を受ける場合があります。
唇の中には筋肉が輪状に入っていて(口輪筋)、食事や会話のときに傷口を開かせる方向に力が働きます。そのため、比較的小さな裂傷でも縫合する必要が出てきます。また、唇の赤い部分(赤唇部)と皮膚の部分にまたがる傷では、審美性を重視して、赤唇部に段差やシワを作らないような細心の注意が必要です。
口輪筋の力に対抗するために、縫合糸を抜いた後も数ヶ月間はテープなどで固定する場合もあります。
いずれにしても、早急に医師・歯科医師への受診が必要です。

 2)顔面の皮膚の傷
傷の感染は瘢痕形成の原因になります。まず、感染予防のために創面を清潔に保つ努力をします。また、出血をともなう場合は、止血処置(圧迫、挙上など)も併用します。
擦過傷(すり傷)では創面を丁寧に洗浄した後に抗生物質の軟こうを塗布します。
裂傷などでは、出血が多いため縫合が必要となり、医師の受診が必要です。可能ならば、受診前に創面の洗浄をし、清潔なガーゼなどで創面を保護した後で、止血処置を施しながら、診療所などに搬送します。

 3)顔面の骨折
身体の他の部位の骨折と同様に整復固定が必要ですが、骨折の有無と部位の判断に知識が必要です。
下あごを強打したときには、その部位が骨折することも多いのですが、同時に関節の付近の細くなっている部分(関節頸部)を骨折することがあります。下あごの骨折では、歯の噛み合わせがずれたり、開口障害が生じます。関節頸部の骨折を併発していると、強度の開口障害とともに、耳前部の腫脹や、外耳道からの出血が見られることがあります。
上あごの骨は比較的薄い骨で構成されているために、前方からの外力で比較的容易に骨折を生じます。上あごを骨折すると、鼻の横にある上顎洞と呼ばれる空洞を損傷し鼻出血を併発する事が多く見られます。鼻をぶつけていないのに、鼻出血がある場合には上あごの骨折を疑いましょう。また、目のまわりを強打すると、眼窩下壁に骨折を生じて眼球が落ち込むために、複視などの症状がみられることもあります(吹き抜け骨折)。
いずれにしても、専門家による診断と整復固定が必要とされますので、骨折が疑われる場合は、至急に搬送します。


 口の中の外傷

 1)歯の破折
外傷で折れる歯は、上あごの前歯の場合がほとんどです。審美的な問題もありますので何らかの修復が必要となります。ただしその場合に歯髄(俗に言う歯の神経)の状況によって処置が異なります。
破損が小さく歯髄に影響がない場合には、かけた部分を歯と同じ色のプラスティックで補い、形態を回復します。
破損が大きく生きた歯髄が露出している場合は、歯髄の処置が必要とされます。一般に歯髄が露出すると、冷たいもの、熱いものなどに対する感覚が鋭敏になり、時に激痛をともないます。ただし、受傷直後は歯髄の生活反応が低下し、感覚が一時的に無くなることがあります。この時に油断して、不適切な処置を行うと、歯髄の感覚が回復したときに辛い思いをしてしまいます。
以前にむし歯などが原因で歯髄の処置がすんでいる歯が破折した場合は、破折した部位の大きさによりプラスティックによる修復や、さし歯による形態の回復がはかられます。
ただしいずれの場合も、歯が破折するくらいの強い力が作用した後ですから、歯がグラグラと動揺している場合がほとんどです。その様なときは、歯の安静をはかり、抜けるのを予防するために、隣接する歯との間をつなぎ合わせる接着固定を行い、動揺が収まってから次の処置に移ります。
上下の歯が噛み合うと激痛が生じることがありますので、タオルなどを上下の歯の間にはさみ、噛み合わせないように注意して、歯科医院を受診しましょう。

 2)歯の脱落
外力で歯が脱落する場合も色々な形態があります。
まず、さし歯などの人工物が脱落した場合はそのまま歯科医院に持参します。ただし、外力の影響で歯がかけていたり、歯の根にヒビが入っていたりして、再制作や抜歯が必要となることもあります。
歯が根から抜けてしまった場合は、その歯を歯科医院に持参すると、その歯を再び骨に殖えることができる場合があります。ただし、歯の表面がかんそうしたり、損傷を受けていると成功率が低くなりますから、保存液の中にひたして持参しましょう。脱落歯専用の保存液もありますが、一般的ではありません。一般的に入手が容易なものは、牛乳です。牛乳は蛋白質が含まれ、浸透圧が血液に近く、無菌処理をされている点で優秀な保存液となります。牛乳が入手できない場合は、受傷者の口の中(できれば舌下部)に入れて、歯科医院まで移動します。(受傷者の意識があることが前提です)
もし、歯が抜けて紛失した場合は再殖はできません。ガーゼなどで傷口を押さえて出血に対処します。ただし、抜けた歯の行方が問題となります。万一、気管や肺に入っている場合には内視鏡などで摘出する必要があります。歯が抜けて行方不明の場合には、胸腹部のX線検査をお勧めします。

 3)舌の損傷
舌は口腔内の相当な部分を満たし、可動性の大きい臓器です。その中身はほとんどが筋肉で太い血管によって栄養供給されています。
大部分の筋肉は両端に骨があり、筋肉の収縮によってその骨を動かしていますが、舌は片側にしか骨がありません。筋肉が弛緩すると舌の根もと(舌根)が沈下し、ノドが塞がれて呼吸ができなくなります。時代劇などで舌を噛み切って自殺するのは、舌の筋肉に大きな損傷をあたえて舌根沈下を引き起こして、窒息死を目論んでいることになります。(そうすると、舌を噛んだ役者は声を出すことができないはずなのですが・・・)
外傷でも、その程度によっては舌の深部血管の損傷による大出血と、舌根沈下による呼吸困難・窒息死の危険があります。その様な場合には可及的に止血をはかりながら、気道を確保し、救急車を要請します。時間がたち、腫脹が出てくると、呼吸困難が進行しますので緊急を要します。

 4)それ以外の傷
口の中に棒状のものが刺さった場合は、刺さった物体の長さが問題となります。口腔のすぐ後は脊髄、延髄などの中枢神経系です。金属製の物ならば、X線検査で刺入部位が確認できますが、そうでない場合には損傷部位の特定に苦慮する場合があります。もし同じものがあるならば持参し、ない場合にはできるだけ詳しく長さ、形状などを医師に伝えるようにしましょう。

 最後に
今回は事業所で遭遇することが多く、予防しにくい病変として外傷の解説をしました。不幸にして外傷が発生した場合はあわてずに対処してください。周囲の人間があわてると、受傷者も精神的に不安定になりがちです。事態を把握し、適切な応急処置を行い、医師・歯科医師の診療所に搬送しましょう。
また、他の疾病同様に事故も予防が一番大切です。転倒しやすい段差、ぶつかりやすい出っぱり、器具の散乱などをもう一度点検してください。同時に、救急箱の点検、救急手順の再確認もお忘れなく。
「備えあれば、愁いなし」