マウスピース型矯正装置による治療の限界について

マウスピース矯正の限界について十分な理解を

2023年1月末、複数の矯正歯科クリニックを運営する会社に対し、患者らが集団訴訟を起こしたと報道された1)
その骨子は、マウスピース型矯正装置を用いた矯正歯科治療(アライナー矯正、マウスピース矯正)のモニターになることで治療費が実質無料になると勧誘されたものの、実際にはモニター料金が支払われず、十分な治療もなされなかったというものだ。

この事件についてはその後も続報が相次ぎ、いまなお波紋を広げている(図)。

マウスピース矯正をめぐる事件はネットやテレビでも報じられた

 
矯正歯科治療を行う歯科医師の立場から一連の報道をみると、いわゆる「詐欺」の問題とマウスピース型矯正装置による治療の限界、そして担当医の治療方針の問題が区別されておらず、誤解を招くおそれがあると感じている。

この事件で詐欺にあたる事実が認定されれば、被告が罪を問われ、被害に遭われた方々に対して相応の補償を行うのは当然のことである。
筆者が問題視するのは、治療を中断せざるを得なかった被害者の方々のコメントとして「奥歯が傾いた」「前歯が前に出てきた」といった訴えがあったと報じられている点だ。

たとえば、抜歯して行う矯正治療とマウスピース矯正を併用した場合、奥歯が傾きやすいのは矯正歯科治療の経験のある歯科医師であれば誰もがよく知る事実である。
前歯が前に出てきたという訴えについても、マウスピース型矯正装置に依存する問題ではなく、歯科医師がそのような設定で治療を計画したからにほかならない。

日本矯正歯科学会は、昨年夏に発表した「マウスピース型矯正装置による治療に関する見解(第2版)」において、「適切な診察、検査、分析、診断、治療経過の確認をおろそかに行ったアライナー矯正は、予期せぬ大きな問題を引き起こす可能性があり、歯科医学的観点から非常に危険です」と注意を喚起している2)

矯正歯科治療の成否握るインフォームド・コンセント

先述のような事例を防ぎ、患者満足度の高い矯正歯科治療を実践するためには、歯科医師と患者さんの間にまっとうな「インフォームド・コンセント」が行われることが前提となる。

インフォームド・コンセントとは、医師が患者さんに治療の選択肢や治療計画などについて適切に説明し、患者さんが十分に理解した上で治療を受けることを指す。

矯正歯科治療を行う場合、歯科医師は患者さんにマウスピース矯正、ワイヤー矯正、抜歯して行う矯正治療のメリット、デメリットを説明し、治療法によって結果が変わることが多いことを理解していただく必要がある。
マウスピース矯正については、装置によって歯の移動に限界があるため治療結果か変わらざるを得ないという側面があることを理解していただくことも重要だ。

一方、矯正歯科治療を希望する患者さんには、治療前に歯科医師の説明を十分に理解され、どのような治療法や治療計画であれば安全かつ効果的に期待通りの結果に近づけるかを確認した上で治療に臨まれることをお勧めしたい。

患者満足度の高い矯正歯科治療を実現するために

先述のマウスピース矯正で歯が前にでてきたという事例は、抜歯をするべきケースだったのにしなかったからという可能性もあると思われる。
これは装置の問題というよりも、歯科医師が患者さんに説明した治療計画に問題があったのかもしれない。

私自身、特に側貌(横顔)の改善をしっかり行う場合、下顎の前歯をどの程度安全かつ十分に後退させるかが治療の肝だと考えているが、マウスピース矯正ではワイヤー矯正とは同一の結果が出ないことがあることを説明している。

矯正歯科専門の開業医団体である日本臨床矯正歯科医会では、昨年にアライナー矯正に関するプレスセミナーを行い3)、その内容を踏まえ、ホームページに「知ってほしい! 矯正歯科医が考えるアライナー治療の限界と本音」と題する記事を掲載している4)
歯科矯正治療を検討している方々、マウスピース型矯正装置による治療を検討している方々には、ぜひご覧いただければと思う。

■参考

1) あなたの静岡新聞「『マウスピース矯正』診療所が突如閉鎖、健康被害の訴え続出『実質0円』うたい拡大、多額ローンを抱えた患者が集団提訴」https://www.at-s.com/news/article/national/1184081.html
2) 日本矯正歯科学会「マウスピース型矯正装置による治療に関する見解(第2版)」https://www.jos.gr.jp/4348
3) 日本臨床矯正歯科医会YouTube https://youtu.be/iVnaQAhjhDU
4) 日本臨床矯正歯科医会ホームページhttps://www.jpao.jp/15news/1525trendwatch/vol30.html

神奈川県歯科医師会・秦野伊勢原歯科医師会会員
高橋矯正歯科医院 髙橋滋樹

Facebookでシェアする

Twitterでシェアする

もくじ