口腔がんについて
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2023/05/29
- 歯とお口の基礎知識
はじめに
お口の中にも”がん”ができることをご存知でしょうか?
お口にできる”がん”を「口腔(こうくう)がん」と言います。
お口は食べる、話す、味わう、そして見た目と人間の尊厳や楽しみの根源にかかわるとても大切な働きと構造が集中しています。
口腔がんができるとこれらを失い、人生の質を大幅に低下させることになりかねません。
口腔がんから身を守るためにはどうすればよいのでしょう。先ずは正しい知識を持っていただくことが重要です。
口腔がんとは…
口腔がんは全てのがんの約1~2%、年間約7,800人が罹るといわれています。
60歳台から増えはじめ、高齢になるほど罹り易くなっていきます。患者さんの数は男性3に対し女性2です。
口腔がんはいろいろなところにできますが、最もできやすい場所は舌です。
舌がんは舌の表面や先舌の先端にできることは少なく、ほとんどは舌の横、つまり歯のあたりやすい場所によくできます。
次に多いのは歯肉がんで、その多くは歯周ポケットから発生してきます。もちろんお口の中のどこからでもがんは発生しますので注意が必要です。
口腔がんは、くぼんだようなカタチ、写真のようにでっぱったカタチのものなどいろいろな状態がみられます。
*写真提供:神奈川県下 総合病院 歯科口腔外科(患者さんの同意は得ています)

日本の口腔がんの年齢分布
(2002年度日本口腔外科学会による疫学研究より引用)
口腔がんはこういう症状から見つかります
”歯周病かな?”
”入れ歯が合わないんですけど”
”やけどでもしたかな”
”口内炎が治らないのです”
”歯が舌にあたって痛いのですが”
”舌がただれて出血します”
正常なお口の構造を知ろう
【自分で行うお口の健診】
上唇の真ん中には
すじがあります。下唇の真ん中にも
すじがあります。頬の裏側には耳下腺で作
られた唾液の出口があり
ます。舌の表面は白くて薄い膜
(糸状乳頭)でおおわれて
います。舌の横は癌ができやすい
場所です。舌の裏はツルツルして静脈
が見えます。口底といわれる場所です。
舌下腺や顎下腺で作られ
た唾液の出口があります。口蓋です。真ん中の骨が少し
出っ張っている人もいます。
歯医者さんでお口の健診を受けましょう!
どんな人が罹り易い?予防は?

口腔がんに罹り易い条件をとしては、喫煙、飲酒とお口の中の環境が挙げられます。
喫煙はニコチンやタールなどの毒物だけでなく、熱の影響も大きいとされています。
飲酒ではアルコールを分解する酵素を生まれつきどれくらい持っているかが重要です。
とくに“飲むと顔が赤くなる”にも関わらず、大量飲酒をする方は危険性が高いといわれています。
お口の中の環境では尖った歯、合わない入れ歯やブリッジなどがいつも粘膜を傷つけていると危険です。
ですから定期的に歯医者さんでお口の環境を整えてもらい、粘膜も診てもらうようにかかりつけ歯科医を持つことは口腔がんの予防や早期発見にとても重要です。
どんな症状??
お口の粘膜の表面にはホンの数ミクロンしかない薄い皮があり、内部を保護しています。がんはこの薄い皮から発生します。がんになる前段階(前がん病変)にはこの皮が厚くなって白く見えることがあります。
これを白板症(はくばんしょう)といいます。がんは自分の身体が新陳代謝をする際のコピーミスとして発生しますが、もともとの細胞と比べてものすごい速さで増えていきます。そのためたくさんの栄養を必要とします。栄養は血液からもらうので、がんの周りにはたくさんの血管ができます。そのため進行してくると赤く見え、ちょっと触っただけで出血するようになります。さらにがんはあまりに早く大きくなるので一部が栄養不足をおこして腐り落ち、えぐれて口内炎のような症状が出ます。
そのため舌がんの患者さんの訴えで最も多いのは口内炎です。
『1か月前にできた口内炎が治らない』としたら口腔がんかもしれません。また歯肉がんは歯周ポケットから発がんすることが多いため初期症状は歯のぐらつきや歯茎からの出血など歯周病とそっくりです。
口腔がんかと思ったら先ずは歯科医院を受診してください。
治療方法について
“標準治療”という言葉をご存知でしょうか?
標準治療とは“そんじょそこらで普通にやっている並みの治療”ではありません。“科学的根拠に基づいた、現在利用できる最良の治療であり、患者さんに第一選択としてお勧めする治療”のことをいいます。
口腔がんの標準治療は手術です。そして手術で切除した標本の病理組織診断(顕微鏡で細胞の状態などを調べる専門医による精密な診断)の結果によって手術後に放射線治療、さらに抗がん剤の治療が追加されることもあります。もちろんいろいろな条件から標準治療が選ばれない場合がありますので患者さんそれぞれにとって最良の治療方法を提示します。
がんは雑草のように根を生やしていきます。目に見えない根の髭の先がホンの少し残っただけでもアッという間に再発してしまいます。そこで手術を行う時には、実際にがんと思われるところよりも大きくとる必要があります。舌がんの多くは舌の横にできます。病気が小さいうちは舌の横をそぎ取るように切除します。病気が大きくなって舌の半分を超えて切り取ると口の中に大きな穴ができてしまいます。その場合は頸のリンパ節もとってお腹や太ももの肉を移植します。
気になる手術後の状態ですが、舌をそぎ取る手術や移植を行う手術でも舌のピッタリ真ん中までの切除で済めばお話や飲み込みの機能はかなり良好で、見知らぬ方と電話で十分に会話ができます。また食事も歯が残っていれば今までと同じものを食べることができます。
歯肉がんの場合は顎の骨の中にしみ込んでいくので、早期発見であれば顎の一部をそぎ取るように手術することができるのですが、進行すると切断しなければなりません。下顎骨を切断した場合は肩や腰、足の骨の移植あるいは金属プレートなどで再建します。最近ではインプラントまでいれることもできるようになってきました。しかし元通りにすることはできません。やはり早期発見、早期治療が一番大切です。
治療成績
早期舌がんの5年全生存率は80%以上です。移植をともなう手術をしなければならないほど大きくなってしまった場合や頸のリンパ節に転移があった場合など、病気の進行に伴ってだんだんと治療成績が悪くなっていきます。しかしかなり進行した場合でも根治治療が可能であった場合には50%程度の全生存率が得られています。
おわりに
現在、神奈川県歯科医師会では口腔がん検診の普及に力を入れており、会員の歯科医師は日々研鑽を積んでいます。
「口腔がんかな?」と思ったらかかりつけ歯科医院にご相談することをお勧めします。
神奈川県歯科医師会・秦野伊勢原歯科医師会 会員
東海大学医学部外科学系口腔外科学領域教授
日本口腔腫瘍学会口腔癌取り扱い規約検討委員長 太田 嘉英