せっかく健康に残せた歯だからこそ お年寄りの歯を守る新常識とは?

昔と違い、最近は70歳、80歳になっても、自分の歯の大半をしっかり健康に残せている人がとても増えてきています。お年寄りが歯の健康を保っているのは素晴らしいことです。いっぽう、だからこそ気を付けるべき、お年寄りの歯の新常識があるってご存知でしたか?今回はお年寄りにとって大切な、新たな歯のケアについてお話しましょう。

「8020運動」の成功、その先にある<新常識>とはいったい?

『8020運動』という言葉をご存知でしょうか?これは今から30年ほど前の平成元年に、日本歯科医医師会と厚生省(当時)が推進しようと始めた運動です。「80歳までに20本の歯が残せれば、健康で楽しく食生活が過ごせる」という考えです。20本以上の歯が残っていれば、食品の咀嚼をするのが容易と言われていて、8020の実現によってお年寄り自身が「生涯、自分の歯で食べる楽しみを味わえるように」という願いが込められています。
これは裏を返せば、自分の歯をたくさん残すことのできているお年寄りは、当時はとても少なかったことを意味してもいます。昭和62年の歯科疾患の実態調査によると、80歳以上で20歯以上有する者の割合はわずか7.0%。80歳の1人平均の歯数は4.0本しかありませんでした。お年寄りになっても、自分の歯がほとんど残っていなかったという悲しい現実があったのです。

しかし、「8020運動」スタートから30年を経過した令和2年。今では、国民の皆さんの不断の努力と歯科医師の指導により、80歳超の方々のなんと半数以上で「8020」が達成出来たと報告されています。30年間で7%から一気に50%超まで飛躍しました。多くのお年寄りの方々が、しっかりと自分の歯で食事を楽しむことができるようになったのです。とても素晴らしいことだと思います。

今から5年後の2025年には、我が国の後期高齢者(75歳以上)の人口は約2180万人となり、日本人の5人に1人が75歳以上となります。「8020」の実現によって、自分の歯で健康で楽しく食生活を送ることができる高齢者の方々は今後も増え続けていくことでしょう。
そこで必要になるのが、お年寄りの歯のケアに関する「新常識」なのです。いったいどういうものなのでしょうか?

たくさん残っている歯にひそむリスクとは?

歯がたくさん残っていることはもちろんとても良いことですが、いっぽうでそのために起こってしまいがちなお年寄りならではの問題がいくつも出てきています。代表的なものを3つ挙げたいと思います。

まず最初は、「むし歯」です。
「むし歯なんて年齢に関係ないじゃないか」と思ったあなた。いやいや、そうではないのです。いったいどういうことなのでしょうか。
高齢者になると、歯を支えている骨、歯槽骨が下がってきます。それにともなって、歯肉も下がってきてしまいます。そうすると、歯肉も下がってしまい、「エナメル質」という本来露出などすることもない部分が外界にさらされ、むし歯を引き起こしやすくなるのです。 
「根面う蝕」と呼ばれるこうしたむし歯は、時間をかけて形成されていきます。そのため、自分では気が付かないままに進行しやすいですし、また全周にわたって根面が表に出てきてしまうため、治療が難しくなるケースもあるので注意が必要です。

次に、「歯周病」です。
歯周病は高齢者に特有なものではありませんが、高齢者になればなるほど歯周病になってからの時間が経過しているので、進行してしまっているケースが多く見られます。
歯周病にかかると、食べかすなどをエサにした歯周病菌が毒素を吐き出して骨を溶かしていきます。そして、歯肉が下がって最終的には歯がグラグラして抜け落ちてしまいます。抜けた歯をそのまま放置しておけば、咬み合わせが悪くなりしっかりと食事ができないため、歯だけでなく全身の健康状態も悪化してしまいます。

最後に、「歯ぎしり」です。
高齢者になると、咬む力によって歯が削れたり、かけたり、割れたりする現象が起きやすくなります。これを「咬合性外傷(こうごうせいがいしょう)」と言います。その原因は夜中に知らず知らず起こしてしまっている『歯ぎしり』によるものです。寝ているときに行われる歯ぎしりは、起きているときの5倍から7倍、最大100キロほどの力が毎日睡眠時に歯に加わっているのです。
この大きな力を何年も受け続けることにより歯はかけたり、割れたりします。特に、むし歯の治療などで神経を失った歯はさらにもろくなっていて、割れやすいのです。根が割れてしまった歯は残念ながら抜くしかないのです。

高齢者の「むし歯」「歯周病」「歯ぎしり」を防ぐには?

それでは、これの予防策としてはどのようなことをしたらいいのでしょうか?

まず、「むし歯」の予防です。
歯の根面は、うすいセメント質と象牙質からできています。セメント質はうすいためすぐに破壊されやすく、コラーゲンを多く含んでいる象牙質は、酸によって溶けやすく、そうしてむし歯が進行していってしまいます。
これを予防する方法としては、歯ブラシの際に、歯の修復(再石灰化)をうながすフッ素入り製品を利用しましょう。おススメは、高濃度フッ素配合歯磨き剤(1450ppm)と、フッ素洗口液の併用です。
その際、口の中に適切なフッ素濃度を長時間残すために、歯ブラシ後のすすぎは最低限の一回、すすぐ水の量もお猪口一杯程度にしましょう。また、フッ素洗口液はなるべく就寝前の歯みがき後に使用するのが良いでしょう。

次に 「歯周病」の予防です。
これはなんといっても、口の中のプラーク(細菌のかたまり)を除去することに尽きます。そのためには患者さん自身が毎日の歯ブラシをいかに上手に出来るかにかかっています。
特にお年寄りは、手に力が入りにくかったりもして、歯みがきが思ったより出来ていないことも多いものです。ですので、歯科クリニックで正しい歯ブラシ指導を受けることが大切です。
目指す目標は、歯の染め出しでプラーク量をチェックする方法で、プラークコントロールレコード(PCR)の数値が20%を切れるようにすることが大事です。
正しい歯ブラシを身につけたあとも、定期的メンテナンスにクリニックへ来院してチェックを受けることが大切になります。ぜひ歯医者さんと二人三脚で頑張りましょう。

最後に、「歯ぎしり」の予防です。
歯ぎしりを防ぐには、マウスピースを使うのがお勧めです。
マウスピースをすることにより、寝ているときの咬む力を吸収し、歯にダイレクトにかかる力を吸収します。歯医者さんへ行けばマウスピースも作ってくれますよ。
また、歯ぎしりの発生は、眠りの質とも大いに関係します。深く眠っている時には歯ぎしりの頻度が少なく、浅い眠りを繰り返すときほど頻繁に行こります。ぐっすり眠ることは、歯ぎしりを防止することに直結します。

最後に

『8020運動』のおかげで、いまはお年寄りでもたくさんの歯が残っています。6歳臼歯と呼ばれる奥から2番目の歯はご自身の年齢から6を引いた年数だけがんばっているのです。80歳の方なら74年間も頑張ってお口のなかで働いてきたと言えるでしょう。本当に有難いことですね。
そうした大切な歯にトラブルが起きないよう、しっかりと予防策を進めておくことが重要です。そのためにも、いつでも気軽に相談できる『かかりつけ歯科医』を持ち、定期的にメンテナンスやチェックを受けることがとても大事になってきます。
お年寄りになっても自分の歯でしっかりものを噛んで、美味しく健康な食生活を送れるよう、頑張っていきましょう。
 
神奈川県歯科医師会・厚木歯科医師会会員
さとう歯科クリニック 佐藤宏憲

Facebookでシェアする

Twitterでシェアする

もくじ