コロナ禍の今、歯科医としてお伝えしたいこと ~口腔ケアとインフルエンザ~

感染拡大を防ぐ一助として口腔ケアを見直す

2019年12月、中国武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、1918年から1919年にかけてパンデミック(感染症の世界的大流行)を引き起こしたスペイン風邪以来となる、文字通り「百年に一度」の世界的大流行を引き起こしました。
旅客機や大型客船、電車、自動車など交通機関が発達した今日、新型コロナウイルスが世界中の人々を感染の渦に巻き込むのにさほど時間はかかりませんでした。
米国やヨーロッパでは、症状の似たインフルエンザと同時に発生したため初期対応に失敗し、被害を大きくしてしまったと伝えられています。
日本はこうした国々に比べ比較的被害が少なく、その要因としてマスク着用や手指の消毒、ソーシャルディスタンス、不要不急の外出自粛に努めるなど、日本人の民度の高さを指摘する声が聞かれました。
しかしながら、科学的に有効性が立証されたワクチンや治療薬もない新型コロナウイルス感染症を克服するのは、けっして容易なことではありません。
新型コロナウイルスは、もともと冬に流行して風邪症状を起こすコロナウイルスが変異したものです。このため、COVID-19もインフルエンザと同様に気温と湿度が低い冬に流行することが懸念されていました。
日本で諸外国に比べ被害が少なかったのは、2020年の初めが暖冬で、6、7、9月は記録的な大雨となり湿度が高かったことも影響していたかもしれません。
ところが、2020年11月下旬以降、北海道や東京、大阪、神奈川、埼玉、愛知などの都市部を中心に感染が拡大しました。これに伴い、高齢者や基礎疾患をもつ方々を中心に重症患者が増加し、医療体制の逼迫が危惧される状況が続いています。
こうした状況のもと、歯科医としてお伝えしたいのは、適切な口腔ケアに努めることがインフルエンザなどの感染症の予防に役立つということです。

歯みがきが新型インフルエンザから児童を守った

私は横浜市旭区で歯科医院を経営するとともに、当時、横浜市学校保健会の理事として、また学校歯科医として区内の小学校の生徒さんたちに歯科保健教育をおこなってきました。
適切な口腔ケアがインフルエンザの予防に役立つことを実感したのは、豚インフルエンザウイルス由来の新型インフルエンザが日本でも流行した2009年冬のことでした。
学校歯科医として歯みがき指導をおこなうために担当する中尾小学校を訪れると、着くやいなや当時の校長先生が玄関まで走ってこられ、いきなり「江口先生のお陰です!」とおっしゃるのです。
何のことかと思ってうかがうと、校長先生は「周囲の小中学校がどこも学級閉鎖や学校閉鎖をしているのに、うちの学校だけがインフルエンザの発症がほとんどないのです。他校との違いは、どう考えても昼の歯みがきと江口先生の指導しかないのです。何か関係があるのではないですか」と言われました。
私は、NHKの「ためしてガッテン」(現在の番組名は「ガッテン!」)という番組で紹介されていたことを例にとり、「歯垢のなかにあるプロテアーゼというタンパク分解酵素が気道の粘膜にウイルスを侵入させやすくし、インフルエンザを引き起こすことがあります」とお答えしました。
すると、校長先生が「やっぱりそうですか」と深くうなずいておられたのが、いまでも鮮明に思い出されます。

学校歯科医をしていた小学校では学級閉鎖ゼロ

以前から歯みがきがインフルエンザ予防に効果があることは聞いていましたが、実際にこうした状況を目のあたりにしていちばん驚いたのは私自身です。
この年、メキシコで確認された新型インフルエンザは世界中で猛威をふるい、全世界で2,185人、日本でも203人の生命を奪いました。犠牲者犠牲者のなかには、横浜市在住の小学生もいました。
これを聞いてショックを受け、私たち歯科医が貢献できることはないかと思い、いろいろ調べはじめたのが口腔ケアと感染症の関係に興味を抱いたきっかけです。
2014年、中尾小学校は口腔ケアに力を入れていることが認められて文部科学大臣賞を受賞し、2017年2月には『女性自身』という雑誌に「インフルエンザは歯みがきで予防できる! 5年間学級閉鎖のない学校」という記事が掲載されました。
2016年初めにもインフルエンザが大流行し、2月15日には国立感染症研究所が「全国的に警報レベルに達した」と発表しました。
都道府県別にみると神奈川県がトップで、1医療機関あたりの患者数が48.95人であったにもかかわらず、中尾小学校では学級閉鎖はなく、ピークだった2月には欠席者ゼロの日もあったほどです。
ちなみに、この年の全国の保育所、幼稚園、小学校、中学校、高等学校での学級閉鎖数は3万1,415件、欠席者数は51万人にもおよびました。
こうした事例は中尾小学校だけでなく、校内で昼の歯みがきを実践しているほかの学校でも確認されています。
岐阜県の小学校に視察に行ったときも、学校歯科医の先生から「江口先生の言われるとおり、うちの学校も口腔ケアをしっかりやったらインフルエンザで休む子どもが少なくなりました」と聞きました。

口腔ケアが感染予防に役立つ理由

実は、口腔ケアとインフルエンザの感染の関係については、スペイン風邪のパンデミックが発生した当時、ウェストン・A・プライス (Weston Andrew Valleau Price)が研究発表しています。

口腔ケアがインフルエンザの重症化を防ぐことを示したウェストン・A・プライス

プライスは、米国歯科医師会研究所の初代所長や米国歯科医師会の会長を務めた歯科医師、医学者です。
プライスは、スペイン風邪に罹患した患者をむし歯などの歯科感染症の有無によって2群に分け、重症患者の割合や罹患率を比較したところ、歯科感染症がある群では重症者が72%であったのに対し、歯科感染症がない群の罹患率は32%と低かったのです。
では、なぜ口腔ケアをすると感染を予防できるのでしょうか。
インフルエンザウイルスは球形で、まわりに2種類のたんぱく質の突起をたくさん持っています。

この2種類の突起はヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)と呼ばれ、HAはインフルエンザウイルスが生体細胞内に侵入するのに重要なはたらきをし、NAは細胞内で増殖したウイルスを遊離させることによって感染を広げます。
空気中のインフルエンザウイルスは咽頭や上気道の粘膜に吸着し、細胞内に侵入して感染を起こすのですが、口腔内の細菌は上気道を保護している粘膜を分解し、感染を起こしやすくするのです。
2006年に発表された東京歯科大学の奥田克爾教授らの論文によれば、口腔ケアをおこなうと細菌数が減り、このNAとトリプトファン様プロテアーゼ(TLP)と呼ばれる細菌性酵素のはたらきが低下し、インフルエンザの感染が10分の1になったということです1)。

口腔ケアは抗ウイルス薬の効果を高める!?

また、2013年に鶴見大学歯学部の濱田良樹教授が日本大学医学部総合医学研究所と共同でおこなった研究では、NAを阻害して効果を発揮する抗ウイルス薬であるタミフル、リレンザは口腔内細菌由来のNAにはまったく効果がないという結果が示されています2)。
この細菌由来のNAはウイルス由来のNAと同様のはたらきをするため、口腔・上気道にNA活性をもつ細菌が大量に存在するとインフルエンザの重症化を招く可能性があるということになります。
ご存じのとおり、インフルエンザウイルスに感染すると、最悪の場合、死にいたります。
その死因で一番多いのは細菌性の肺炎です。正確に言うと、これはインフルエンザウイルスによって亡くなるのではなく、インフルエンザによって体力がなくなった状態で細菌に感染したため、肺炎を起こして亡くなるのです。
この細菌性肺炎を併発して亡くなった方の原因の多くは、いわゆる日和見(ひよりみ)感染です。日和見感染とは、もともと体内に常在菌として存在し、通常では何の問題も起こさない細菌により感染症を発症することを指します。
日和見感染は、口腔内に存在する細菌が原因となっていることも少なくありません。当然、こうした細菌は子どもの口腔内にも存在しますので、体力のない子どもやお年寄りには歯みがきが大切となるのです。
コロナ禍が収束の気配をみせないなか、多くの県民の皆さまに口腔ケアが感染症予防に役立つことを認識していただき、励行されることを願ってやみません。

■参考記事・図書、出典
江口康久万・寄稿「学校現場でみた歯みがきとインフルエンザの関係」『デンタルダイアモンド』2018年8月号掲載
江口康久万・著「健康のすべては歯と口から始まる」扶桑社 2020年6月発行
1) 奥田克爾,他.インフルエンザ感染と細菌性プロテアーゼ.歯科学報,2006;106(2):75-80)
2)1.Archives of Gerontology and Geriatrics誌 (Abe S、 Ishihara K、 Adachi M、 Sasaki H、 Tanaka K、 Okuda K. Professional oral care reduces influenza infection in elderly. Arch Gerontol Geriatr.2006 .43:157-64.)  / 2.06年発行の日本歯科医学学会誌、06年3月15日発行の「歯界展望」「口腔ケアによる細菌性酵素活性の減少とインフルエンザ感染予防」(阿部修、石原和幸、足立三枝子、佐々木英忠、田中甲子、奥田克爾) / 3. 花田信弘「エビデンスに基づく全身の健康と口腔との関係」日本歯科医師会雑誌2009年12月号Vol62 No9 / 4. Bacterial neuraminidase rescues influenza virus replication from inhibition by a neuraminidase inhibitor.Nishikawa T, Shimizu K, Tanaka T, Kuroda K, Takayama T, Yamamoto T, Hanada N, Hamada Y.PLoS One. 2012;7(9):e45371. / 5. 口腔内細菌とインフルエンザ重症化との関連性―口腔内細菌はインフルエンザウイルスの進撃を支援する!?―. 濱田良樹 鶴見大学歯学部口腔顎顔面外科学講座 歯界展望 122(2): 205 -208 2013. / 6. インフルエンザウイルスと口腔・気道細菌との相互作用の機序と呼吸器疾患重症化の病態の解明日本大学医学部総合医学研究所紀要Vol.1 ( 2013) pp.94-98 山本樹生1),黒田和道1)

神奈川県歯科医師会・横浜市歯科医師会会員 江口康久万

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