「噛むこと」の意味とは?

「噛むこと」の意味とは?

執筆者
神奈川県歯科医師会会員・鎌倉市歯科医師会会員 原 宣道

毎日ご飯を食べるとき、誰もが必ずしている「噛む」ということ。
でも「噛むこと」の意味を考えたことはありますか?
実は、身体にとって、脳にとって、噛む、という行為がとても大きな影響を与えています。
いつまでも若々しく健康で保つために、「噛むこと」はとても大事な礎になるのです。
噛むことの意味を、ぜひ一緒に考えてみましょう。

 

「ロバの入れ歯」と「噛むこと」の意味

 

昭和30年代の上野動物園に、子どもたちを乗せた荷車をひく人気者のロバがいました。人間の年齢にすると90歳位、高齢のロバでしたので歯の多くを失い、十分に餌を食べることが出来なくなっていました。次第に体は瘦せ細り、やがて寝たきりになるほど衰弱してしまいました。

心配した飼育員たちは何とか食べられるようにと歯科医らのグループに依頼し、ロバ用の入れ歯を作りました。

多くの人が見つめる中、ロバの口の中に入れ歯が入りました。するとなんと、ロバは草束を食べ始め、やがて立ち上がり、ついには同じ檻にいる山羊を追いかけ回すまで元気になったのです。

痩せていた体が元に戻っただけでなく、元気になったということは、「噛むこと」が食べるためだけでなく、体と心を若返らせるきっかけにもなるのだ、という事実がとてもよくわかるエピソードです。

 

歯を噛みしめることで、体幹を保つ

 

何か重たいものを持つとき、握力測定をするとき、私たちは歯を噛みしめます。このように、体のどこかに力を入れて踏ん張るのと、噛むことは、深く関わっています。

歯を噛みしめているとき、顎関節はしっかり固定されます。あごの位置が安定することで、全身の骨格が正しい位置に整えられ、その結果、骨を動かす骨格筋が最大の力を発揮するようになるのです。

高齢者が歯を失い、入れ歯を入れないままでいると転倒のリスクが高まる、という報告がありますが、噛むことは体幹の安定につながります。

 

噛むことと、脳の関係

 

噛んでいる最中には、歯や歯ぐきに存在するセンサーが刺激を受け、それが脳に伝わることで脳血流量が増加し、脳神経が活性化される、と考えられています。中でも意志や思考の機能を司る前頭前野と、記憶や学習能力に関わる海馬が顕著に活性化します。

しかも高齢者ほど、この傾向は大きいことが分かっており、よく噛むことは認知症の予防につながると考えられているのです。

また歯の数と認知症の関連性を調べる研究でも、健康な人と認知症の疑いのある人では明らかな差があります。しかし歯を失ったとしても、それに代わる入れ歯や、インプラントなど適切な治療を行えば同様の働きを再現することは可能です。

 

「噛むこと」は健康に暮らす礎

 

近年、医療や介護の分野でよく聞かれるようになった「フレイル」というキーワードをご存知でしょうか?

フレイルとは高齢者の筋力や心身の活動が低下している状態のことを指していて、健康な状態と要介護の状態の中間にあることを意味しています。フレイル予防は、高齢者が要介護とならないよう予防的に対策していくことを目的とする概念そのものともいえます。

歯とお口の健康な人は総じて、元気でハツラツとしています。「噛むこと」は、まさにフレイル予防に直結します。日頃からしっかり「噛むこと」を意識することで、身体を積極的に改善しフレイル予防につなげていくことが、いつまでも健康に暮らすための礎となるのです。

 

(鎌倉市歯科医師会 原歯科医院  原 宣道)

執筆者情報
原 宣道
神奈川県歯科医師会会員・鎌倉市歯科医師会会員
原歯科医院

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