歯みがきの習慣は、仏教と共に中国から伝わった。

釈迦が、弟子に歯みがきを教えた

 歯をみがくという習慣は、インドで始まった。釈迦は、弟子に仏前で読経する前に手を洗い、木の枝(菩醍樹の小枝を使い歯木という)で歯を清掃することを指導した。歯をみがくと、次のような利点があると教えた。
1.口臭を除く 2.食べ物の味がよくなる  
3.口のなかの熱を除く 4.たんを除く 
5.眼がよくなる
 唐の僧侶、玄奘三蔵(西遊記の主人公 三蔵法師)は、インドで修行し中国に帰り、歯木で歯を清掃する習慣を伝えた。中国では菩醍樹や優曇鉢羅の木がなく、楊柳の小枝を使ったため「楊枝」と呼ばれるようになった。

 歯みがきは、仏教の伝来と共に日本に伝わり、平安時代には僧侶、貴族、武士の間でおこなわれ、江戸時代には庶民の間にも普及した。


  


インド人とニーム

 インドでは、インダス文明が栄えて、アーユルベーダーというインド医学が発達し、医書には、歯みがきが紹介されている。インドでは、今でもニームの小枝を折って歯をみがいている光景に出会い、田舎の町では、ニームの小枝を売る行商人がみられる。

 ニームの木は、柑橘系で樹液の成分には虫歯予防や歯肉を引き締める作用があり、歯周病の予防にも良いとされている。インドでは、ニームの成分で作った歯磨劑が製造され、日本にも輸入されている。

 小枝で歯をみがく習慣は、東南アジアだけでなく、ケニアなどアフリカの各地でもみられる。

          

  ニームの小枝 

             
                                                 

歯ブラシの元祖、江戸時代の“房楊枝”


 房楊枝は、かわ柳などの小枝の先端を煮て鉄鎚で叩き、木綿針の櫛ですいて木の繊維を柔らかい房状にしたものである。柄の部分は、鋭利に削り舌の汚れを落とす“舌こき”として使われた。江戸時代には、かわ柳などの小枝を加工して立派な商品に仕上げるなど日本人の創造性や加工の妙がみられる。
神奈川県愛甲郡中津では、荻野藩の下級武士が内職としていた房楊枝作りを農民に伝え、大正末期まで農家の副業として房楊枝づくりがおこなわれていた。

 房楊枝は、大正末期まで売られていたが、西洋歯ブラシの台頭により姿を消していった。
当博物館の房楊枝は、平成6年に開催された江戸東京博物館、いい歯いきいきキャンペーン「歯の健康と歴史展」や平成10年10月18日、NHKテレビ「ためして、ガッテン」に貸し出した。


   楊枝袋          房楊枝

                                  
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